病院長ブログ

平成23年度病院長ブログ 中村 重徳

平成24年3月5日

嵐のような2月が終わりました。退院を含めた2月の病床稼働率は100%を超えこれまでにない稼働状況でした。
このような状況でも大した苦情は出ず、医師・看護師・コメディカルを始めとした職員には大変感謝しています。
お疲れ様でした。3月もよろしくお願いします。

現在、当院では医師事務補助体制を強化するために、日本医療事務センターのニック教育講座の医療事務カリキュラム55時間コースを院内で外部講師を招いて行っています。
毎週土曜日・日曜日に行っていますので、参加している職員には頭が下がります。その後は医師事務作業補助カリキュラム20時間コースを院内で行う予定です。
その他、事務の職員をはじめとして多くの職員に医療経営士の受験も勧めています。
院内の職員のレベルを挙げ、少しでも有能な人材になって、病院を支えてほしいと願っています。
加えてこの4月からは、これまであった教育推進室に専従のスタッフをおいて、体制を強化します。
教育に力をいれる病院でありたいと思っています。

また、この4月からは新卒の高校生2名が宮城県から当院に就職の予定です。
震災枠として募集しました。この2名が健やかに伸びていくように心から念じています。
教育推進室の役目は重大です。数年後にはどこに出しても恥ずかしくないよう教育できていればと思っています。
また、次年度も震災地域から職員を募集したいと考えています。

新たな試みとしては、コンシェルジュ業務(病院の玄関フロアーに専用のデスクをおいて)を4月から始める準備をしています。
かなり前から考えていたのですが、やっと形になりそうです。
ユニフォームをどうするか?関係部署で検討中ですが、予算の問題もあり、悩ましい問題です。

この10月には日赤医学会が高松で行われます。高松には大切な友人T先生がいます。
T先生と私は卒後2年次に山梨県立中央病院で一緒に研修した仲間です。研修1名分の予算しかないとのことで、半年ずつ一人で研修するか?半分の給与で二人研修するか?どちらかを選択せねばなりませんでしたが、二人は後者を選択しました。
宿舎も二人別々では無く、一つ宿舎で共同生活を1年間おくりました。
研修の途中で、その後、院長になられたK先生のご尽力で給与がUPし、一人前になりました。本当にうれしかったことを覚えています。
T先生との共同生活で忘れられないことがあります。私が風邪をひいて布団で伏していた時、彼が土鍋に入ったアツアツのお粥を持ってきてくれたことです。
今のようにコンビニはありませんでしたので私たちは当時3食とも外食でした。どこかのお店に頼んで(お粥を作って)、それを持ってきてくれたのです。
涙があふれたか?記憶は定かではありませんがただ感謝・感謝でした。このような友人と会える機会を逃すことはできません。
是非、高松に行きたいと思います。できれば演題を持って。

3月の空①3月の空②3月の空②

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平成24年2月1日

昨年の12月の病院の中は、いろいろなことがありました。
MRIを更新したこと、旧精神科東3階病棟を改装し化学療法室と精神科の外来を新たに作りました。
現在は旧精神科外来を内視鏡センターへ、また旧化学療法室を内科外来2室へと改装中です。
その後は、現在の内視鏡室(移転後に)に骨密度の測定器を設置する予定となっています。
これで、当面の改築は終了の予定です。
職員が働きやすく、病院機能が増すことを狙ってこのように計画しましたので十分に活用されることを願っています。

年が明けて1月4日に新年のご挨拶に市内の関係各所を回りました。
ある人の言葉に共感を覚えました。
一言一句そのままでは無いですが、それは次のようなことだったと思います。
「理念無き経営(収益)は泥棒のようなもの、また経営(収益)無き理念は戯言である」と。
言い換えると、理念を行うにはそれなりの収益が必要であるとのことで、その通りだと思います。
理念に基づき病院を維持・発展させるためには、最低限の収益が必要だと言うことです。 赤字が続くと理念をどうのこうのと言っておれない状況になってしまいます。
職員が少しでも働きやすい環境で頑張れるよう心がけたいと思っております。

岐阜大学医学部3年生に甲状腺の「総論」の授業をしました。
これまではオーバーヘッドプロジェクターでOHPシートを映していました。
かなり前ですが、医学教育者のためのワークショップ(いわゆる富士研)に参加した際、パワーポイントでは寝てしまうので、教育にはオーバーヘッドプロジェクターだと言われたことを守ってきました。
しかし、感覚的には何となく時代遅れだと思うようになり、今年はパワーポイントにしました。
1年に1時間の授業です。甲状腺の発生、甲状腺のホルモンの合成・代謝、脱ヨード機構、作用など、普段意識していないことを勉強する良い機会だと思っています。
The Thyroid, Williams' Text Book of Endocrinology, UpToDateなどを改めて見直し、資料を作りました。
たった1時間の授業で、総論全体を理解することは無理とは思いますが、何かひとつぐらいは学生の頭に残って欲しいと思っています。

インフルエンザが蔓延しておりインフルエンザ後の肺炎で入院する患者さんが多くなってきました。
他の人への感染を防ぐため、個室への入院が基本としていますので病室のやりくりが大変ですが病棟担当師長の頑張りでなんとか回っています。感謝しています。

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平成24年1月4日

12月10日(土)に今年の防火防災訓練を行いました。
東日本大震災の際の石巻赤十字病院の行動を参考にかなり実践的に行いました。
大地震が起こったという想定で、職員の登院からどのように初期対応を行うか?を目的に実施しました。
発災後に現地対策本部を設置し、その指揮下で各エリアを設置しました。
その途中にも被災した人が徒歩や救急車でやって来るという混乱の中、トリアージ・初期治療を行うことが何とかできました。
被災者の役で協力して頂いた大垣桜高校の生徒さん、赤十字奉仕団の皆さんには本当に感謝しております。
お昼には非常食であるカレー(給食の職員が作りました)を食べました。土曜の午前中の訓練にも関わらず多数の職員の積極的な参加があり、うれしく思っています。
不断の訓練が必要であり、1年に数回は規模が小さくとも訓練を続けたいと思っております。

12月16日には病院互助会の忘年会を都ホテルで開催しました。
1テーブル8名の40テーブルに約320名の職員が一堂に会しました。
各病棟を中心に8つの出し物があり、時間があっという間に過ぎました。
優勝した手術室の皆さんどうもおめでとうございました。
私自身は皆さんの勧めるビールで本当に酔っぱらってしまいました。
記憶が少し飛んでいる部分もありました。

12月22日には病院のロビーで「X'masコンサート2011」を行いました。
当院のGSB(岐阜赤十字病院の頭の英字)混成合唱団の歌声と岐阜大学医学部室内合奏団の演奏です。
GSBは昨年6月に結成され、岐阜北高等学校の先生に指導を受け看護部を中心とした合唱で美しい声を院内に響かせました。
室内合奏団の演奏では、「水戸黄門」のテーマに驚き、「川の流れのように」等に耳を傾けました。
病院の中庭には看護部によるクリスマスのイルミネーションが映え楽しいひと時でした。

年末には名古屋でシルク・ドゥ・ソレイユのクーザを観てきました。
人間技とは思えない演技であっという間に時間が経ちました。
人は鍛えればここまでできるということでしょうか?息をのむ危ない多くのシーンに驚きました。
しかし、難しい技を練習で克服し、その上で演技上難しく見えるようにしているのでしょう。
そうでなければ毎日の演技はとてもできないと思います。

村松 秀 著の「論文捏造」(中公新書ラクレ)を読みました。
科学の殿堂・ベル研究所の若きカリスマ、ノーベル賞に最も近いと言われた男が、短期間で超伝導に関する63篇の論文(その内「サイエンス」・「ネイチャー」には計16篇)を書きました。
多くのグループが追試を試みましたがすべて失敗し、実は捏造だったという事件です。
なぜ、捏造が判明するまで時間がかかったかを丹念な取材で解き明かしています。
ネット上には日本での事例の報告もあるようです。
医学雑誌の論文も疑いを持って読まなくてはいけないと以前よりは強く思うようになりました。本当に残念なことです。

12月の空①12月の空②

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平成23年12月7日

11月9日から11日まで、日本赤十字社病院長連盟定期総会(第65回)出席のため、別府に出張してきました。 新幹線で名古屋から小倉まで、小倉から別府までは特急ソニックで行きました。
名古屋を11時43分発で、別府到着は16時26分でした。
飛行機を考えていたのですが、都合の良い便がなくて、新幹線を使いました。「思ったより早く着いた。」これが実感です。
本を2冊用意したのですが、なかなか集中して読めず、行き帰りで1冊読むのがやっとでした。

総会では東日本大震災救援活動、人材育成、病院の活性化、その他のセッションで会議が行われました。
飯山赤十字病院の古川先生のお話(当院における多職種訪問チームによる訪問診療)には大変驚きました。
古川先生は訪問医師として24時間365日主治医として活動され、患者さんが自宅で亡くなられる時は夜でも駆けつけ、亡くなった後は患者さんのお体をきれいし両手を体の前で組むまでをしているとのことでした。
本当に頭が下がる思いです。

帰りに、別府の駅でお見かけしたので声をかけました。
先生は、今までは一人でやっていたが、このような診療に共鳴し一人の医師が病院に来てくれたことをとても嬉しそうに話されました。
このような医療が赤十字病院で行われていることを知っただけでも参加した意義はあったのではないかと思っています。 

別府の駅の近くの野口病院があります。甲状腺の病気を扱っている医師で知らない人はいない有名な病院です。 その病院の外を一周し、内部をぐるっと見てきました。
そのたたずまいは歴史を強く感じさせるものでした。当院の澁谷先生が1週間の予定で診療の見学に行っています(12月5日から)。
伝統のある病院の、言葉で表せない雰囲気を知って戻って来てくれればと思っています。

新渡戸稲造の「逆境を超えてゆく者へ:爪先立ちで明日を考える」(100年を経て、いま甦る、歴史的名著と表紙の帯に書かれている)を読みました。
その中で、

  • 発心はたやすいが継続は難しいので、小さなことでも急がず休まず行う。
  • 志を立てたら一心に邁進し、中止をせずにたゆまずおこなう。
  • 障害が現れてもこれを排除し、倒れたとしても起き上がってまた進む。

そうすれば最終的に極意に達すると述べている。
普通の人はやさしいこと、そして少し嫌だと思うことを選んで継続心を鍛錬するのがよい。 例えば、日記をつけることなどと書いています。

私自身毎年日記をつけようとしますが、これまで持続したことはありません。
今年は5行日記(1日に起こったことを5つ書く)を試みましたが、途中で挫折しました。
継続させるのは本当に難しいですが、いつでも5行日記は再開できるのが良いと自分自身を慰めています。
今年も何回も挫折し再開しました。今後は挫折の回数を少なくしたい?と決意しています。

MIDLAND SQUARE クリスマス2011別府 野口病院11月の空

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平成23年11月7日

10月は出張が多い月でした。東京都に2回、福井市に2回、伊勢市に1回でした。
東京の日本医師会大講堂で行われた第55回社会保険指導者講習会(13日、14日)では「画像診断update-検査の組み立てから診断まで」のテーマで2日間に渡って多くの放射線科の先生からレクチャーを受けました。
印象に残ったのは、造影剤の副作用で、年間にCTでは10人、MRIでは1人が亡くなっているとの報告でした。また低線量の放射線被ばくでは傷ついたDNAは2日程度で修復されるとの話は興味深く聞きました。
柳沢吉保が元禄15年(1702)に築園した六義園が会場のすぐ近くにあったので、昼休みに見学に行きました。都心のこのような落ち着いた場所があることの素晴らしさを体感しました。

福井市で第47回日本赤十字社医学会が開催されました(20日、21日)。今回は3月11日の東日本大震災に関連する演題が多く出されていました。赤十字だけでなく他の医療機関との連携も大切だと痛感しました。

震災に関連してもう一つ、先日石巻赤十字病院から地震直後からの院内の様子を撮ったDVDが届きました。
職員の行動はまるで訓練のようにスムーズであわてる様子は全くありません。常日頃、実践的な訓練を積み重ねていたことが想像されます。
早速、当院のイントラネットに画像を載せ多くの職員が見ることができるようにしました。今後の訓練に是非役立てたいと強く思っています。

29日には伊勢赤十字病院(現在は山田赤十字病院で来年から名称が変わります)の竣工式に行ってきました。
現在地での建て替えでは無く新地での建設なので、すべてが新しく職員の仕事がやりやすいように配慮された設計だと思いました。
伊勢神宮に近いためか?高層の建物では無く5階建てで、3~5階が病棟となっています。
ワンフロワーは35床の看護単位が8つ(270床)と広大であり(多分一辺が100m程度の4角形の建物)、当初の慣れないうちは、患者さんのみならず職員も迷ってしまうのではないか?と他人事ながら心配しています。
12月末に引っ越しとのことです。お天気が良いことを祈っています。

今年度の臨床研修医のマッチングでは定員4名で2名のマッチでした。
毎年同じように研修医を募集していますが、結果は様々でどうしてそうなるのか分かりません。
かなり良い研修を当院では行っていると自負しているのですが、今後も心配の種は尽きません。

野口病院クリスマスツリー11月の空

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平成23年10月3日

9月27日に「第3回骨を良くする会」を開催しました。夜8時からの会でしたが、ご多忙にもかかわらず整形外科の開業医の先生を中心に多数ご参加いただくことができ、厚くお礼申し上げます。
今回の内容は、当院整形外科副部長兼リハビリ科部長の川口医師による「膝関節疾患の画像診断」と整形外科部長の榮枝先生による「腰痛を診る~画像診断のコツ~」がテーマでした。
他の診療科の話を聞く機会が少ないのと、加えて腰痛持ちの私にとっては、興味ある内容でした。

当院管理栄養士のTさんが、今年の山口国体に山岳競技(「リード」と「ボルダリング」:初めてこの競技名を知りました)の県代表選手に選ばれました。
ほぼ垂直な壁を手と足で登っていく競技(フリークライミング)です。当院にとっても名誉なことと思っています。彼女の活躍を期待し、職員みんなで応援しましょう。

この12月に新たなMRIを導入いたします。工事の期間中、レンタル車によるMRIを借りることにしました。工事期間中も普段と変わらずMRIを撮ることができ、紹介いただく先生方や患者さんに迷惑をかけないようにしました。

名古屋のミリオン座で映画「ミケランジェロの暗号」を観ました。第2次世界大戦でのお話しです。ミケランジェロの絵をイタリアのムッソリーニに贈り同盟を強化したいナチスと、絵の所有者であるユダヤ人画商(の息子)が、贋作や本物の絵を巡って繰り広げるあらすじです。
パルチザンの攻撃により、撃墜された飛行機から助かったユダヤ人が、大けがを負ったナチ親衛隊員(以前両者は友人だったが現在は敵対している。絵の確保のためユダヤ人を護送中)を、なぜ助けなければならないかと言いながら引きずり出し、共に小さな小屋に隠れます。その小屋をパルチザンとナチ両者の捜索が迫ります。ナチ親衛隊員はパルチザンが来ることを恐れその制服を隠します。
一方ユダヤ人は、その隠された制服を身に着け親衛隊員に成りすまします。そこへ突入するのはパルチザンか?ナチか?久しぶりに面白い映画でした。鑑賞後、何故かしら感動の映画「life is beautiful」を思い出しました。

10月の空①10月の空②10月の空③

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平成23年9月2日

8月の金曜日(毎週)は来年4月からの研修医、検査技師、視能訓練士、臨床工学技士、薬剤師の人事面接があり、忙しい日が続きました。短時間の面接でその人を判断するのは本当に難しいものです。良い判断であったことを願っています。

8月25日に心のケアの第3班が出発し、8月30日に帰院しました。新幹線での移動だったのですが、出発日は大雨で新幹線が止まり石巻への到着が遅れました。現時点では今回の派遣が最後になりそうです。被災地での(心を含めた)医療は今後どうなるのでしょうか?少しでも改善する方向に向けばと念じています。

東京の日本赤十字社本社の建物の中に、赤十字の歴史を知ることができるコーナーがあります。かなり昔のことですが、赤十字は病院船を持っていました。今、そのような船があれば、この東日本大震災の時にどれほどの役割を果たせたでしょう。
(1)ヘリポート、(2)手術室、(3)ICU, (4)病室、を持った24時間活動できる病院船を持ち、常日頃訓練し、緊急時、全国からヘリで医師や看護師、他のスタッフを病院船に運び、そこを基点として、救護活動を展開したらどうでしょう。急性期の患者さんを船にヘリで運ぶ。応急の処置・手術を終えたら、患者さんを後方の病院へ運ぶ。日本海側と太平洋側に2船あれば十分でしょう。
また、外国で同じような災害があれば、その病院船を派遣すれば、本当に喜ばれるしょう。今の救護活動では、遠くから自動車で災害地まで行くことが通常です。その上、自己完結型ということで、薬剤・食料や衣服、時にはガソリンまで準備しなければなりません。
当院でも今回の大地震の救護活動のため往復2000kmを超える走行を何度も行いました。責任者としては事故が無いようにーこればかりを祈っていました。
是非、我が国に病院船を!!

院内の患者さんや職員が安全であるために大切な人はTさんです。大きな体で圧倒されますが、温和な方です。警察を退職後、当院の安全を保つために働いて頂いています。更に、国体に向けて県立岐阜商業高校への柔道部の指導もしてみえます。表に出ないことが多い仕事ですが、毎日の活動に本当に感謝しています。ありがとうございます。

名古屋市美術館でレンブラント(光の探求/闇の誘惑)を観てきました。1600年代の芸術家です。小さい版画が多くて、絵画が少なかったのが私にとって残念でした。レンブラント(光の魔術師として有名だそうです)の絵を観て、画家フェルメールの(光をうまく使った)絵(真珠の耳飾りの少女や地理学者など)をふと思い出しました。フェルメールも1600年代の画家です。写真よりも光を感じるのは絵の持つ魅力でしょうか?驚きます。

大王わさび農場碌山(ろくざん)美術館松本城

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平成23年8月2日

7月8日(金)、松本市で中部ブロック赤十字病院長会議がありました。中部地区には19の赤十字病院があります。

会議では、各病院から提出された議題について、担当の安曇野赤十字病院院長の澤海 明人先生が討論をリードし、和やかな雰囲気でした。病院の規模等で悩んでいる内容が違っていますが、当院にとって役に立ちそうなこともたくさんありました。浜松赤十字病院の奥田 康一先生も私と同じこの4月に院長に就任しました。高校の後輩であり何となく親近感を持っています。

翌9日(土)は安曇野の大王わさび農場、碌山(ろくざん)美術館を見学し、安曇野ワイナリーで昼食(バーベキュー)をとり、松本駅で解散となりました。

大王わさび農場ではきれいな水が流れるわさびの栽培場の上にさわやかな風を感じ、碌山美術館では荻原守衛の彫刻(デスペアや重要文化財の女)に人間の苦悩や希望などを感じることができました。松本では(帰りの汽車を待つ間に)松本城を駆け足で観てきました。抹茶の無料サービスがあり、ホットしたひと時を過ごしました。

看護師の募集では一次締め切りで定員をオーバーしました。そのような理由で、2次以降の募集を中止しました。毎日、応募がどうなることかと心配していましたが、日頃から教育に力をいれる看護部の賜物でしょう。試験と面接を7月30日(土)午前に行いました。ハツラツとした諸君の受け答えに若さを感じました。来年4月が楽しみです。

藤沢周平原作の映画はほとんど観ています。「たそがれ清兵衛」、「隠し剣」 「鬼の爪」、「蝉しぐれ」、「武士の一分」、「山桜」、「花のあと」、「必死剣鳥刺し」、「小川の辺」など。

映画として一番良かったのは「たそがれ清兵衛」だと思っています。果たし合いの後、清兵衛(真田 広之)を待っていた宮沢りえ演ずる朋江との再会、このシーンのための物語ではなかったかと思っています。

「蝉しぐれ」も大好きですが、映画よりもNHKで内野聖陽が主役(牧文四郎)のドラマの方が泣けました。切腹前の父の言葉(われを恥じてはならん)を胸に、炎天下の翌日、切腹した父の亡骸を荷車に乗せ自宅に帰ろうとしますが、途中の坂道を登れません。疲れきった文四郎を、幼なじみのふく(水野真紀)が駆け寄り、二人で荷車を引くシーンがとても印象的でした。

「山桜」では舞台が貧しい藩であるはずなのに、太った農民がでてきて、ガクッときました。この7月に観た「小川の辺」は??

大王わさび農場碌山(ろくざん)美術館松本城

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平成23年7月5日

夏至を過ぎてから猛烈に暑くなってきました。それまでは院長室の窓とドアを開けて空気の流れを作っていましたが、エアコンが無いと過ごせなくなってきました。これから更に暑くなると思うと憂鬱です。設定温度は28℃で、昨年よりは1~2度高くしています。また部屋を出る時にはエアコンを切るようにしています。

病院全体でもできる範囲で省エネに協力したいと考えており、院内の飲料用自動販売機の照明を消し、遠くから見える建物の外壁の赤十字マークの照明も4方向から2方向に減らしました。今後もできる限りのことをやっていきます。

6月24日・25日の二日間、京都での日本医療マネジメント学会総会に行ってきました。 高知の近森病院の近森正幸先生の"多数精鋭のスタッフによるチーム医療の実践" (特別講演)は大変面白く聞きました。栄養士さんを多数(340床程度で17名近く)雇用していることが印象的でした。 経営上、一見不合理そうです。しかし、患者さんの栄養状態を速やかに改善し、点滴や抗生剤の使用を減らし、早く良い状態で退院させることが可能だそうです。

今後は更に高齢者の入院が増えるので、栄養サポートチームの活動が病院の生死に直結した部門になる可能性を強く感じました。医療安全・感染制御チームと共に病院を支える3本柱として重点的に強化しなければならないと思っています。

7月1日に安城厚生病院医療安全部長・神経内科部長の安藤先生から医療メディエーションのお話を聞きました。 医療メディエーションとは患者さんと医療者が向き合う場をつくり、当事者同士の対話を促進するプロセスだそうです。患者さんと医療者の見る風景が違っているとの認識が大切で、その違いを埋めていく過程を担うのが役目と感じました。

メディエーターを導入するには、1)トップが"隠さない・ごまかさない"という方針を堅持していること、2)適正な事故調査のシステムの基本方針、3)情報・真実開示の基本方針、の条件が必要だそうです。当院の方針も同じですが、病院全体の風土にはなっていないように感じています。是非、徹底したいと思います。

7月2日午後に東日本大震災の救護第8班が帰院しました。これまでの7班より1日長い実質4日間の活動でした(往復を含めると6日間)。医師・看護師・薬剤師は新幹線を利用しました。しかし、物資を運送しなければならなかったので、2名の主事は車を運転し、石巻に行って頂きました。ご苦労さまでした。まだかなりひどい状況のようで心が痛みます。息の長い支援が必要だと思っています。

この7月は看護師の募集、研修医の募集と頭を悩ませる時期です。赤十字の一員としての岐阜赤十字病院ですので、赤十字マインドを持った、また持ちたい人の応募を心から願っています。自分で積極的に何かをやってやろうという人を希望しています。

6月の空1

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平成23年6月8日

当院は県立岐阜商業高等学校生徒の内科健診を毎年行っています。昨年度までは私と前院長の加藤先生が校医でしたが、本年度からは循環器内科の長島先生、感染症科の伊藤先生が校医の職を勤めています。
同校出身の高橋尚子さんがシドニーオリンピックのマラソンで金メダルをとり、高校を小出監督と共に訪れた時は、校医ということで観客の一員に加えてもらったことがつい昨日のように思い出されます。

今年は6月1日に定時制の約120名の生徒を私と伊藤先生の2人で、6月3日と6日の午後は昼間部の約1100名の高校生の内科健診を7名の医師で行ってきました。
手をみてゴツゴツしたマメが沢山あればまず硬式野球部だと思っていましたが、陸上部の手も同様でした。理由を聞くと鉄棒でトレーニングをしているとのことでした。
先生の威厳が漂う、ちょっと懐かしい、キリっとした雰囲気を持った高校です。廊下ですれ違うと、ほぼ全員が"こんにちわ"と挨拶をしてきます。伝統の力でしょうか?

緒方洪庵に関するテレビを最近見ました。その中で扶氏医戒之略(ふしいかいのりゃく)(フーフェランドの 訳書を緒方洪庵が12ヵ条に要約し、適塾の門人たちへの教えとしたものだそうです)と言う言葉を知りました。
(国立病院機構)大阪医療センターでは、臨床研修開始時に「ヒポクラテスの誓い」および「扶氏医戒之略」を盛り込んだ「研修医手帳」を配布しているとのことです。12ヵ条はどれも素晴らしい内容です。本文は旧かな使いで判りにくい点もありますが、格調の高い文章です。
また、ネット上には現代語訳もありますので、是非一度ご覧下さい。医の原点を見た思いです。なぜこのこと知らなかったか、誰も教えてくれなかったか、今まで知らなかったことが悔やまれます。
次年度からは当院でも研修医に渡す"研修ハンドブック"に載せたいと思っています。

5月で印象に残った出来事は新任3部長の講演会です。
眼科の前田先生、麻酔科の山田先生、リハビリテーション科の川口先生がそれぞれ"眼科の紹介と今後"、"麻酔アレコレ~当院での麻酔の実際~"、"当院におけるリハビリテーション科の現状について"について講演されました。
人柄が出た良い講演で、あっという間に予定の時間が過ぎました。
院内の人のお話を聞く機会は少ないので、今後も同様の企画を続けたいと思っております。

5月の空15月の空2

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平成23年5月6日

4月1日に東京港区の赤十字社本社で近衛社長から辞令を頂いてから1ヶ月余りの日が経ちました。
4月20日には本社で石巻赤十字病院や仙台赤十字病院の院長らから東日本大震災の実情を聞く機会があり、その状況に心が痛みました。当院からはこの4月に計4班の救護班を石巻の地域に派遣しました。また5月にも救護班の派遣が決まっています。被災地の人たちの健康の回復に少しでも寄与できればと考えております。

4月23日には名古屋の吹上ホールで行われた"中日看護師のたまご"に参加しました。誰も来なかったらどうしようと不安でしたが、予想を超える"たまご"が岐阜赤十字病院のブースを覘いてくれました。ありがとうございました。教育に燃える看護部の熱い想いが伝わっていることを願っています。

また、5月2日は金華山へ行きました。この4月に入職した看護師さんの新人研修である金華山登山です。このような研修?を行っている病院は少ないのでないかと思います。岐阜城でのチェックポイントでは、班ごとに集合写真が撮られ、そのハツラツサにこちらも元気をもらいました。新人同士が親しくなりチームワークの大切さを感じたのではないかと思っています。
看護部のアイデアには本当に感心します。遠足の小学生をはじめ、たくさんの人が岐阜城に詰めかけ、岐阜は観光地だと改めて認識しました。

空を見ていると季節によって雲の形や雰囲気が違い何か感じるものがあります。趣味とは言えませんが、時々、その写真を撮っています。ここに載せた写真は今年4月のある日の空の様子です。お楽しみ下さい。

4月のある日の空

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院長就任に当たって(平成23年4月1日)

3月11日、東北関東大震災の概要も判らないまま、午後6時半に当院の救護班の第一陣が出動しました。
出動までの時間が短く準備不足の面があったのですが、第一班は2000 kmの走行を経て全日程5日間で無事貴院しました。その後3月末までに計3班が出動しました。交通事故に合わず、任務を終え、無事帰ってくること祈っていました。
これらの3班は陸前高田の第1中学校を拠点に活動していましたが、4月以降は石巻赤十字病院に活動拠点を移すことになっています。3月末のNHKテレビでは石巻赤十字病院にたくさんの患者さんが詰めかけ、病院機能は麻痺寸前の様子でした。
何としても石巻赤十字病院の危機を突破できるよう、他の赤十字病院と協力し、心を一つに少しでもお役に立てるよう頑張っていきます。

 このような状況下で、加藤先生の後、院長の重責を担うこととなりました。昨年4月は医師43名(他に2年次研修医4名)の体制でしたが、7月に眼科医が1名増え、更に この4月には医師47名(他に1年次研修医4名)と昨年4月の時点と比較し4名の医師増 の状態で新年度を迎えることができました。
災害拠点病院や地域完結型の病院として未だ十分な体制ではありません。今後も医師と共にそれを支えるスタッフを増員させ、診療体制をより充実させたいと考えております。

 患者さんが受診して良かった、当院の職員が勤めて良かった、地域社会が有って良 かったと思われる病院でありたいと心から思っております。
キャッチフレーズは今流行の TNP(低燃費)では無く、SHRです。SHRでspontaneously hypertensive rat (高血圧自然発症ラット)を思う人は高血圧の専門家です。もちろんこのような意味ではありません。

Sはsafety(安全)のS, Hはhospitality(心がこもった診療態度)のH、Rはrespect (敬意)のRです。Rは患者さんに対してだけではなく、当院が地域社会よりいざという時に本当に頼りになると思われたいとの願望を入れたRです。

一般病床300の病院ですが、SHRの面で岐阜県一番いや日本一番の病院を目指します。
当院の増改築の際、岐阜市民10万余の人の署名があり、この地に残る大きな力となりました。
ぜひ、人道・博愛の赤十字精神を持ち、良質な医療を提供し、災害の際は周囲の光となり、社会に貢献できる病院でありたいと思っています。

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